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「日野祭」 

「800年以上の歴史そのままに」
厳粛さと華やかさ!豪華絢爛・時代絵巻!」

私たち日野人が1年で最も楽しみにしているのは、日野祭!
私が最も誇りに思うのは、日野祭!
ふだんは静かな日野ですが、この時ばかりは、おおにぎわい!
芝田楽、お神輿、曳山,お渡りの行列・・・絢爛豪華なお祭りです。
しかし昔ながらの伝統もきっちり守っている厳粛なお祭りです。  

これを守っていくのは大変なお金も労力もいりますが、800年以上の歴史を、
今の時代に途絶えさせるわけにはいけませんので、皆で頑張っています。
子供のときから「大好き」がしみ込んでいる祭りですから、これを守り続けます。

観光化されていない神事としてのお祭りですが、是非日野祭にお越しください。













































日野町への行き方






アート展も開催



陶人形




日野椀




陶器の照明・うつわ




陶芸




藤蔓細工。竹細工



お囃子の練習









賑わう宵山

5月2日の夜は宵山
町内の皆が楽しみます



 宵山は、ちょうちんの明かりで、山が輝く。      




宵山は、お囃子の競演 



この祭りの主役は

3人の神子です










この祭りを取り仕切るのは、
選ばれし3人の神子(かみこ)です






今日の祭もいよいよ終盤
お稚児さんのご一行が
綿向神社からお帰りです。




祭の翌日、3人の神子さんは、
我が家にお礼の挨拶に来られます。
紋付きの羽織着物姿で可愛いです。



「ダシ」


新町の曳山のダシの変遷

ダシとは、山の上に飾るダシモノ
飾り物・神の降りてくる依代です。

毎年、新たなものを製作します。
各町内が競って、作ります。




孫悟空 釈迦の手のひらから飛び出せず




孫悟空 金角と戦う




孫悟空危うし ひょうたんに飲み込まれる




孫悟空 芭蕉扇で飛ばされる




氏郷 千 利休を匿う




蒲生氏郷 初陣で手柄を立てる




蒲生氏郷郷
伊達政宗を奥州に閉じ込める




置目老媼の顕宗天皇に迎えられる。




竜王山の伝説

大昔のことです。秋も深まった頃、日野の山のふもとにあるお西明寺に、美しい女の人が訪ねてきました。「私は、大和の国の多武(とうの)(みね)から参りました。お経をあげたいので、観音堂にこもらせてください」と、お坊さんに熱心に頼むのでした。そして三日後、お堂から出てきた美しい女の人は「これから、あのお山にのぼります」と言うのです。

お坊様は、「女の人一人ではとても無理だから誰かを案内させましょう」と言いましたが、美しい女の人は、目に涙を溜めて断るのです。それでも、お坊様が、寺男に案内させると言い張るので断ることができず、仕方なく承知してしまいました。

寺男の案内で、急な坂道を登ってゆきました。頂上近くの大きな岩山にさしかかった時、美しい女の人は「ここからは、私一人がまいります」と寺男を振り切って、山に登っていきました。寺男は、一旦別れて山を下りましたが、どうしても気になるので、大きな岩山のところまで引き返してきました。そして、頂上を見上げると、「うわぁあ」なんと、渦まく雲の中、雷鳴の轟く中、大きな竜が体をくねらせて昇っていくではありませんか。あの美しい女の人は、竜の化身だったのか!

大和の国の多武(とうの)(みね)から参られた八大竜王様に違いない」と・・・。 それからは、この山を竜王山と呼ぶようになりました。そして毎年7月に、山麓の村々では、竜王山の頂上に登って、「雨乞いのお祭り」をするようになりました。





高田敬輔、信楽院の天井画を描く 2017年のダシ





日野が面白くなる日へ





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日野町へ行きましょう
次に日野が面白くなる日は




日野祭の頁を見ていただき

ありがとうございました。

ぜひ5月3日は日野にお越ください。




日野町への行き方
          


    我が新町の曳山と2018年のダシ(飾り物)

      熊野の弓神事     大蛇退治の伝説


       新町の曳山は 「八景閣」と呼んでいます。





  お祭りの終盤、神社から曳山が、町内に帰ってきました。

    宵山



お祭り大好きな子供たちは、お祭りが近づくと、お囃子の練習をします。
小学生たちは、鉦、・小太鼓・笛・・めきめきと上達していきます。
















  馬見岡綿向神社春の大祭
  日野祭り    5月2日宵山、3日巡行

滋賀県(近江)日野には、800年以上の歴史のある大変立派なお祭りがあります。「芝田楽」と呼ばれる3人の神子を守る裃を着た侍姿の行列や、大きな3基の神輿、そしてなんと言っても、この祭りを華やかにしているのは、16基もある曳山の巡行です。軽やかなお囃子とともに、黒と赤の漆と金箔、輝く金具、精巧な木彫りの彫刻、そしてきらびやかな織物に飾られた美しい山車が、軽快なお囃子を奏でながら、何基も連なって通っていくのを見るのは、心がうきうきします。訪れた人は、こんな田舎なのに、どうしてこのような豪華なお祭りがあるのか驚かれることと思います。
その昔、日野は、蒲生家の城下町として、近江日野商人の発祥の町として、繁栄を誇った時代がありました。そこでは、商業の基となる商品が生産されていました。特に漆器は、江戸時代、全国でも有数の産地として知られていました。薬も生産されて、近江日野商人の重要な商い品でありました。日野鉄砲も、江戸の後期まで作られていました。
日野商人は質素倹約に徹していましたが、商いで得た富は、本家の増築や、お祭りの神輿や曳山、神社やお寺への寄進に使われました。そのため、今でも、日野町の町並や、祭礼行事に、昔の繁栄の証を見ることができるのです。
まるで、昭和初期にでも戻ったかのような、穏やかな陽が振りそそぐ日野の町です。お祭りを見るためだけのために作られた独特の見物窓「桟敷窓」がある商家、豪華絢爛の驚きの日野祭り、是非日野にお越しください。5月2日が、宵山、3日が本祭りです。

5月2日の夜は,曳山が輝く!町中にお囃子が響き渡リます。

       


             宵山の動画です。
  




朝一番にお宮さんに入ってくるのは、一番大きくて立派な西大路の曳山です。「神楽」というこの町内にしか伝えられていない独特のみやびなお囃子で、宮入です。



西大路の曳山の宮入の動画です。





二番目は本町です。威勢のいい若集で、祭りを盛り上げている町内です。



三番目は、わが新町の曳山です。唐破風のある美しい曳山です。近江八景の彫り物が取り付けられていることから、「八景閣」と呼んでいます。


よいしょ!よいしょ!お囃子と共に街を巡行する曳山。子供達の最高の楽しみは、曳山の上に乗ることだ。
神社に曳山が向かいます

古式に従った神聖な儀式です。「渡行盃の儀」といいます。この儀式が終わりますと、いよいよ、お神輿などのお渡りが始まります。



神輿の担ぎ手の衣装も独特です。上着は、青や紺の厚手の半纏(はんてん)で
すが、その下は、すその短い女物の襦袢を重ね着して、水色の帯をしています。
何百年変わらない伝統のスタイルです。この派手さ、アンバランスがなんともい
えない祭り気分をそそります。

太鼓橋を神輿が渡ります

神社からお神輿が出発
お神輿が行きます


気合だ!街を行く神輿
お神輿の警護役は、バンバラ竹で地面を打ち鳴らし、威勢をあおります。
日野独特の掛け声、「どんとやれ、やれやれ、どんとやれ、やれやれ」・・・
紋付の着物に裃、すこしすそを上げ、一文字傘に白足袋、わらじ姿、そして
バンバラ竹。この格好も、何百年も変わらない、伝統のいでたちです。



神輿が町をわたります。




これらの曳山の多くは、230年から170年ぐらい前に建造されています。近江日野商人が隆盛を誇った時代です。総漆塗り、金箔、装飾織物、彫金、木彫の彫刻、贅を尽くした動くお社です。今の時代にもう再建などとても出来ない精巧で大きな美術工芸品です。
これらが16基もあります。各町内の宝物です。


曳山は、各町内ごとに大きさや形、装飾等に特徴があります。曳山の中の舞台で演奏されるお囃子は、近畿にはない、テンポの良い、軽快なお囃子で、聞いているだけで、ウキウキさせられて楽しくなります。


曳山には、見事な彫り物があります。


子供が遊んでいます。

 

お祭りもよいよ終盤、3基の神輿が神社の拝殿に収まり祭りはクライマックス







夕闇の中、曳山は神社から各町内に帰って行きます。年に一度の祭りも、もう終わってしまいます。曳山の提灯に明かりが燈されて、悲しそうなお囃子と共に街を下っていきます。この夜の下り山が、私は最も美しいと思います。




祭りの楽しみの一つは料理。日野祭りのメイン料理は「鯛そうめん」です。
その他、ブリぬた、焼き豆腐の田楽、たけのこの木の芽和え、蕗やわらび、お刺身、焼き魚、海老や肉・野菜のフライ、寿司の盛り合わせ、フナ寿司・・・・・いっぱいのご馳走が並びます。


うまい!このコク!品の良い味です。



現代に甦った日野椀展

昔、日野は全国に知られた漆器の大産地でした。与謝蕪村が「日野椀の 色に咲きたる 椿かな」よ詠んだほどに、その昔は、日野椀が落ち着いた赤い色をしていたことも、よく知られていたものでした。時代の変化とともに途絶えてしまったものを現代にマッチした漆器として甦らせました。
伝統ある日野椀。復活させました、現代の暮らしに会うものとして。ぜひご覧下さい。